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第24回 『術後の動作制限が少ない人工股関節置換術』

藤田先生人工股関節置換術後の心配の一つに脱臼がありますが、近年、脱臼の危険性を減らし、術後の活動制限が少ない人工股関節置換術が行なわれるようになっています。今回は、東京医療センター  人工関節センター 副センター長の藤田貴也先生にお話を伺います。

  1. 人工股関節はなぜ脱臼するのか?
  2. 術後の脱臼の危険性を減らすために
    1. 人工股関節インプラントの選択
    2. 手術の工夫
  3. 手術後の動作制限
  4. 脱臼を予防する対策は一つではない
  5. おわりに

1. 人工股関節はなぜ脱臼するのか?

正常な股関節_関節唇他正常の股関節は、大腿の骨頭(こっとう)が大きく、それを受ける骨盤の骨:寛骨臼(かんこつきゅう)の縁には関節唇(かんせつしん)と呼ばれる軟骨があり、また、骨頭と寛骨臼は靭帯で結ばれています。さらにその外側には関節包(かんせつほう)という膜があり、股関節をしっかり包み込んでいます(図1)。このような支えがあることで、バレリーナのように股関節が外れそうな姿勢をとっても、脱臼することはありません。

人工股関節の場合は、手術で関節包を切り開き、関節唇や靭帯を取り除くため、骨頭の支えがなくなり、骨盤側のカップと人工の骨頭とを筋肉の力で押えるという形になります。そのため、術後に患者さんが股関節を動かす範囲(可動域:かどういき)が、人工股関節インプラントの持つ性能(可動域)を超えた場合には、骨頭が浮き上がり、限界を超えると脱臼してしまいます。
人工関節の脱臼には、骨頭がカップの後ろに外れる後方脱臼と、前に外れる前方脱臼がありますが、前方脱臼は股関節を曲げている状態では起こりません。日常の生活の動作では、股関節を後ろに伸ばす動きよりも前に曲げる動きの方が圧倒的に多いです。したがって、後方に脱臼する可能性の方がより大きくなります。

2. 術後の脱臼の危険性を減らすために

脱臼の危険性を減らすには、人工関節を正確に設置することはもちろんのこと、術後の股関節の可動域が人工関節の可動域を超えないようにすること、人工関節を支えるための筋肉などの組織をなるべく傷つけない手術を行うことが重要です。

人工股関節インプラントの選択

①大きな骨頭を使用する

インプラント大骨頭c人工股関節は、大腿骨側のステムと骨頭、寛骨臼側のカップ、そして、カップと骨頭の間の軟骨の代わりとなるインサートで構成されています(図2)。

以前の骨頭は22mm径程度と小さなものでしたが、現在は40mm径を超えるものもあります。骨頭が大きくなれば、それだけ人工股関節の可動域は大きくなります。さらに、骨頭の浮き上がりが少なくなり、脱臼しにくくなります。

以前はインサートのポリエチレンがかなり厚く、骨頭を小さくするしかありませんでした。ポリエチレンはすり減る(摩耗する)ため、その強度を得るためにある程度の厚みが必要だったのです。ポリエチレンの削りかす(摩耗粉)は大径骨頭人工関節がゆるむ原因とされており、ポリエチレンを薄くするなどとはとても考えられませんでした。

しかし、近年、技術の進歩によってポリエチレンの摩耗をかなり減らすことができるようになり、薄くできるようになりました。その分、骨頭を大きくすることができるようになり、結果、大きな可動域を獲得できるようになっています(図3)。

ただし、いくらポリエチレンの性能が良くなったとは言え、まったく摩耗しないわけではありません。手術後に長期に渡って人工関節と付き合わなければならないような若い患者さんの場合には、あまりに大きな骨頭(=薄いポリエチレン)は使用を控えることもあります。

なお、セメントカップ(固定の際に骨セメントを用いるもの)の問題は「ゆるみ」とされています。それに対して、セメントレスカップ(骨セメントを用いないもの)の場合は、ライナー(インサート)のポリエチレンの「摩耗」によって骨が解けてしまうことが問題とされています。近年、ポリエチレンの摩耗に対する研究が進み、かなりポリエチレンが進化しています。新しいものなので、これが本当に良いかどうかはまだわかりませんが、メーカーのデータを信用すれば、カップはセメントレスで十分良い成績が得られるのではないかと考えています。

②デュアルモビリティシステム(2つの関節面を持つインプラント)の選択

変形性股関節症のように長い年月をかけて股関節が悪くなった患者さんでは、手術前の股関節の動き(可動域)が小さく、股関節の曲がる角度が90度前後、良くても100度ということが多いのですが、このような患者さんが手術を受けて可動域が改善したとして、それが、大きい骨頭によってインプラントの可動域の中に納まれば、脱臼の心配はないと言うことになります。

しかし、大腿骨頭壊死症や関節リウマチ、急速破壊型股関節症や若い人の大腿骨頚部骨折など、手術前の可動域がとても大きい人の場合は、大きな骨頭を使っても術後に脱臼する可能性が出てきます。そのような場合は、もっと大きな可動域が得られるインプラントが必要となります。そこで、デュアルモビリティシステムというインプラントが注目されています。

DM骨頭従来型のインプラントでは、インサートはカップに固定されており、その内側で骨頭だけが動くというものでしたが、デュアルモビリティは、「デュアル(2重)」の「モビリティ(移動性)」を持っていて、インサートがカップの内側で滑らかに動くのが特徴です(図4)。骨頭とインサートの2つが股関節の動きに合わせてそれぞれ動き、さらに、インサート自体が大きな骨頭となって機能することになるので、従来型のものよりも、より可動域が大きく、脱臼しにくいという利点があります。
長期的なポリエチレンの摩耗など危惧される部分もありますが、組み合わせる素材(骨頭の部分)を金属からセラミックに変えるなど、ポリエチレンの摩耗を減らすような工夫もされており、股関節が140度以上と人工股関節の性能以上によく曲がる患者さんで、従来の人工股関節では脱臼が心配される場合に限り、術後に脱臼の心配をせずに暮らせるような治療の選択肢として普及しつつあります。

手術の工夫

①股関節への到達方法:筋肉を切らない前方からのアプローチ

手術をする時にどこからどのように股関節に到達するか(アプローチ)も術後の脱臼率に影響します。人工股関節置換術のアプローチ法には、股関節の後方から入るアプローチ、側方から入るアプローチ、そして、前方から入るアプローチ法があります。もともと主流であった後方からのアプローチは、現在は、半数くらいになっていると思います。

股関節は曲げる動きが多いと言いましたが、曲げた時に負担がかかるのは股関節の後ろにある筋肉などの組織です。ですから、後方からのアプローチではより後方脱臼しやすくなります。後方の組織を切り開いても、最後に丁寧に縫い合わせて修復すれば脱臼率は下がると言いますが、やはり何もしていないものよりも強度は劣ります。また、股関節の後ろには、中殿筋と言うとても重要な筋肉があります。片足でバランスよく立つことができるのも、歩く時に肩が揺れないのも、この筋肉が働いているからです。この中殿筋を傷めないことが最小侵襲手術(MIS:Minimally Invasive Surgery)としても特に重要と考えています。

そこで、これら重要な筋肉を切らないアプローチが求められるのです。それが、筋肉を切らずに、筋肉と筋肉の間(筋間)を分けて進入する方法です。筋間から進入するためには、より前方からアプローチすることが必要となります。

前方からのアプローチには、患者さんが横向きになって手術を行う方法と、仰向けで行う方法とがあります。それぞれに利点がありますが、横向きの場合は、仰向けの時よりも出血量が少ないこと、そして、手術中に脱臼(特に前方脱臼)の傾向の確認がしやすいことが挙げられます。前方脱臼の確認は、股関節を後ろに過度に伸ばす必要があるからです。仰向けの場合は左右の脚の長さをそろえやすいなどの利点があります。ただし、横向きではそれが正確にできないということではありません。私は横向きの方法を取っていますが、手術手技を工夫することで、インプラントを正確に設置することは可能と考えています。

なお、前方からのアプローチでは、骨盤側はよく見えるので手術の操作がしやすく、逆に、後方アプローチで大腿骨がよく見えて操作がしやすいとされています。そのような観点からは、大腿骨に難しい処置をする時には後方のアプローチで、骨盤側に難しい処置をする時には前方のアプローチで行うのが良いと考えます。現在、ほとんどの症例を前方からのアプローチで筋肉を切らずに行っていますが、症例に応じて後方からのアプローチも行っています。例えば、上方に脱臼しかかっている大腿骨を正常な位置に引き下げなければならない場合や、大腿骨の骨切り術を受けている場合、あるいは大腿骨の変形が強い場合は、前方からのアプローチでは難しいため、後方から行うようにしています。

もっとも重要なことは、医師が慣れた方法で行うことです。慣れない方法で手術をして、時間が長くなったり出血が多くなったりしては最小侵襲手術(MIS)とは言えません。総合的に見て、筋肉を傷めず、出血量が少なく、手術時間も短く、感染などの合併症も起こらない、これらを前提に、医師が慣れている方法で行うことが脱臼予防につながると考えます。

②患者さんの姿勢に合わせたインプラントの設置

前方からのアプローチの場合、前方への脱臼の可能性が出てきます。人間の股関節は、体の前方に少し開いています。これを前開きと言います。

アンテバ―ジョン例えば、高齢になると腰や背中が曲がってくることがあります。すると、バランスを保つために骨盤は後ろに傾いてきます。そして、無理に背中を伸ばそうとすると、股関節を過度に伸ばしたような姿勢になり、前開きが大きくなります(図5)。このような患者さんに、正常な姿勢のかたと同様にインプラントを設置すると、体を起こした時に前方に脱臼する可能性が高くなります。そこで、手術前に立った状態でレントゲン検査を行い、骨盤が後ろに傾いているような場合は、インプラントを設置する位置の調整を行います。
また、筋肉の間から進入するだけでなく、関節包も縫い合わせて修復します。関節包の前方の部分は分厚くて強靭な組織ですので、縫い合わせることで前方脱臼の最後の支えとなります。

3. 手術後の動作制限

前方からのアプローチで手術を行い、さらに手術前の股関節の可動域が大きくない場合は、動作の制限の必要はありません。ただし、縫い合わせた関節包が患者さん自身の組織として安定するまで約6~8週間かかるため、特に手術前の可動域が大きい患者さんに限り、その期間は慎重に動いてもらうようにしています。前方のアプローチについてはこれまで750例以上の経験がありますが、大きな骨頭などインプラントの工夫との組み合わせで、ここ5-6年で脱臼はまったく起こっていません。

術後の経過については、当院の場合は、手術前の自己血貯血や手術後の輸血は行わず、また、傷口に溜まった血液を出すための管(ドレーン)も入れず、翌日から立って歩く練習をしています。大きな筋肉を切らないため、手術後の回復も早くなります。

4. 脱臼を予防する対策は一つではない

ナビゲーションを使用すればインプラントを正確に設置することはできます。しかし、筋肉などの組織を傷つけないことは別の問題で、ナビゲーションを使ったからといって脱臼しないと言うことではありません。また、いくら正確にインプラントを設置しても、骨頭が小さく、患者さんの可動域がその性能を上回れば外れてしまいます。
脱臼の危険性に対してでき得るすべての対策をとることが必要なのです。脱臼しにくいインプラントを選び、筋肉を傷つけない手術方法で、正確に人工関節を設置すること、そのようなでき得るすべての対策を用いることで、はじめて脱臼の危険性が減らせると考えています。

5. おわりに

脱臼予防の対策は画一的な方法ではなく、インプラントにしても、アプローチにしても、患者さんの年齢と関節や骨の状態を考慮し、またライフスタイルや意思を尊重しながら行うことが重要です。その患者さんにとって何が重要なのか、例えば、脱臼しないことなのか、長く持たせることなのか、スポーツやバレエを続けることなのか、仕事に支障は出ないかなど、様々な背景を考慮する必要があります。

また、患者さんの中には、ご自身でよく調べて「このインプラントを入れてください」というかたもいれば、色々な選択肢を挙げても「決められないので先生に任せます」と悩んでしまうかたもいます。ですから、医師からの情報提供も、患者さんに合せなければならないと思います。ただし、「これでやってくれ」言われても、その患者さんにとってより良いものがあれば他にも選択肢を提供するようにしています。

患者さんの状態も考え方もまちまちです。最終的に患者さんの満足度が高い手術を行うことが医師のつとめと考えています。できうるすべての対策を用いても、完璧なものはありません。何を一番に目指すかを、患者さんと医師がお互いに納得した状態で手術にのぞむことが大切です。

協力:東京医療センター人工関節センター 副センター長 藤田貴也先生

この情報サイトの内容は、整形外科専門医の監修を受けておりますが、患者さんの状態は個人により異なります。
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