人工関節置換術にも先進技術が導入され、ロボティックアームを使用した人工膝関節全置換術が保険診療で受けられるようになっています。そこで今回は、神戸大学医学部整形外科 診療科長・教授の黒田良祐先生(右写真)と神戸海星病院 整形外科部長の石田一成先生にお話をうかがいます。
- はじめに -健康寿命と変形性関節症-
- 人工膝関節全置換術に使用するロボティックアームとは?
- ナビゲーションシステムとロボティックアームの違い
- ロボティックアームを使用した人工膝関節全置換術のながれ
①手術前 -術前計画-
②手術中 -関節のバランス調整-
③手術中 -ロボティックアームによる医師の操作支援- - 期待できること
- 医師にとっての利点と課題
- おわりに -近い将来の展望-
1.はじめに -健康寿命と変形性関節症-
医療の発展とともに、多くの方が長生きできる時代になり、同時に健康寿命への関心が高まっています。健康寿命とは、介護を必要とせずに暮らせる年齢のことですが、厚生労働省の調査によると平均寿命と健康寿命の間にはおよそ10年の差があり、この差をいかに縮めていけるかが、今後の医療の大きな課題とも言えます。
介護が必要となる主な原因には、脳血管疾患や、骨・関節や筋肉などの運動器疾患があります。特に、膝や股関節の軟骨や骨がすり減り、変形することで、疼痛や運動制限を伴う変形性関節症は、健康寿命に直結する病気と言えるでしょう。日本ではこの病気を有する人が2,000万人以上いると言われており、その予防とともにより良い治療を提供していくことは、我々整形外科医にとって変わらぬ命題と考えています。
変形性関節症の治療には、薬や運動などの保存的な治療、再生医療、関節温存手術(骨切り術や内視鏡手術など)や人工関節置換術があり、関節の状態や症状にあわせて最適な治療が行われます。その中で、人工関節置換術は、関節が変形し、健康寿命を損ないかねない患者さんにとっては非常に良い手術方法と考えます。
2.人工膝関節全置換術に使用するロボティックアームとは?
近年、「ロボット手術」という言葉をよく耳にしますが、最近になり人工関節置換術にもロボティックアーム支援手術が導入されるようになりました。人工関節置換術に用いられるロボット技術は、「個々の患者さんの関節の形や、筋肉や靭帯などの関節周囲の組織も考慮しながら術前計画をたてて、それをミリ単位の精度で再現する技術」と言えます。それではなぜ、このような技術が必要とされるのでしょうか?
人工関節置換術は、軟骨や骨がすり減り、変形してしまった関節を、金属で形作られた人工関節に置き換える手術です。人工膝関節の場合は、8~9割の患者さんがおよそ20年間、歩行などの日常生活が問題なく送れるようになる洗練された良い手術方法と思います。しかし、数値が示す通り100%ではありません。特に膝関節はとても複雑な構造をしていて、周辺の筋肉や靭帯などが正常に働くことで、バランス良く動き、安定性が保たれています。それを人工関節で完全に再現することは、非常に難しいのが現状です。このことは、手術後に「なんとなく自分の膝ではない感じ」を訴えられるなど、患者さんの満足度にも影響しています。
人工関節が、もとの膝関節のように安定して自然な動きをし、20年30年と長持ちするためには、人工関節を適切な位置に置くことが非常に重要です。そのために、より正確な手術を支援するコンピューター技術の需要が高まってきているのです。
3.ナビゲーションシステムとロボティックアームの違い
近年、手術用のナビゲーションシステム(以下ナビゲーション)も進歩を遂げており、通常の手術と比べるとその正確性の違いは明らかです。しかし、実際に骨を切る操作は人の手で行うため、そこには微妙な誤差が生じる可能性が出てきます。
自動車に例えると、今やカーナビゲーションはほとんどの車に搭載されるようになったと思いますが、実際の運転で曲がる場所を間違えてしまったり、何かにぶつかってしまうこともあります。最近では、衝突防止システムや車線から外れないような機能も備わり、それによって運転中の操作間違いや不注意で起こる事故を減らすことができるようになっています。
人工関節置換術でも、ナビゲーションは正確な道標となりますが、それを実行している過程で、その一つ一つは微々たるものではありますが、様々な誤差が起こる可能性がでてきます。そのような可能性を最小限にとどめ、予定していた術前計画を忠実に再現するのがロボティックアームなのです。
4.ロボティックアームを使用した人工膝関節全置換術のながれ
①手術前 -術前計画-
通常、手術前の診察では、脚全体のエックス線(レントゲン)検査でO脚などの膝の変形具合を確認したり、関節に横から力を加えて内側・外側の靭帯の状態を診たり、手術後に脚がどのくらい真っ直ぐになるかなどを評価します。
ロボティックアームを使用した人工膝関節全置換術の術前計画では、さらに精度を高めるために手術前にCT検査を行います。その情報から患者さんの膝関節の状態を把握します。骨の形状を考慮して、人工関節を設置する角度を3次元的(立体的)に決定します。
②手術中 -関節のバランス調整-
手術が始まると、術前計画を実際の患者さんの膝に合わせる作業をします。このとき、手術部位とは別に、骨に金属のピンを挿入して指標となる器具を固定します。これはナビゲーション手術でも同様で、侵襲が極端に大きくなるわけではありませんが、手術部位のほかに皮膚にいくつかの数ミリの創がつくことになります。
膝関節の場合、骨の形状だけでなく、関節周囲の筋肉や靭帯の状態が膝関節の動きに大きく影響します。これらのバランスが悪くなると、意図していない動きを関節が強いられることになり、痛みが続いたり、違和感につながるため、手術中にそれらを考慮する必要があります。
ロボティックアーム支援手術では、患者さんの骨を切る前に、確認と修正を行うことができます。関節を伸ばした時と曲げた時の緊張の度合いが数値として表れるため、それらを参考にしながら0.5ミリ、0.5度、という微調整を行います。綿密に術前計画を立てていても、実際の患者さんの骨や靭帯を見て、その状態が初めて分かることもあります。その場合は、計画自体を修正することになりますが、それも非常に短時間で行うことができます。
③手術中 -ロボティックアームによる医師の操作支援-
ロボティックアームを使用して骨を切ります。
ロボティックアームのレバーを握ると、ゆっくりと計画に沿った骨切り角度と骨切り位置に進み、そして止まります。そのままロボティックアームを使用して骨切りを始めます。ロボティックアームの支援により、骨切りはあらかじめ決められた範囲からはみ出ることがありません。また、勝手に骨を切り始めることはありませんし、ロボティックアームの動きは術者自身の目で確認することができるので、安全に使用することができます。そして、計画通りに正確に骨切りがされると、人工関節も骨との隙間なく、きれいに設置されるのです。
通常の手術やナビゲーション手術では、骨を切るときに骨の中(髄腔内:ずいくうない)や外側に目安となる器具を設置し、それを目安にさらに骨切りガイドと呼ばれる器具を設置して骨切りを行いますが、ロボティックアーム支援手術ではこれらの操作が不要になります。
5.期待できること
人工膝関節全置換術の合併症の一つに、関節周りの神経や血管の損傷があります。膝関節の後ろ側には大きな血管や神経が通っていますが、手術中に医師がこれらを目で確認することはできません。そのため、手術の操作で傷つけてしまう可能性があります。頻度は0.1%未満と多くはありませんが、ゼロではありません。ロボティックアーム支援手術では、正確に骨だけを切ることができるので、膝の後ろ側の神経や血管はもちろんのこと、関節周りの靭帯や腱の損傷も防ぐことができます。
また、ロボティックアーム支援手術では、骨切りガイドやそれを設置するための器具や操作が不要なことや、骨を切る前に確認・修正が行えることで骨を切る量を減らせる可能性があり、患者さんへの侵襲を抑えることができます。
さらに、より正確な骨切り、良好な筋肉や靭帯のバランスを獲得することによって、自然な感覚の膝関節になる可能性があり、そのことがひいては患者さんの高い満足度に繋がる可能性があります。先にも触れましたが、膝関節には半月板もあり、非常に複雑な構造をしています。また、その動き(曲がる、ねじる、横にずれるなど)にも、遊びと言うか、ある程度の許容範囲があります。そのため、現在の医療では手術で再現することができていません。しかし、ロボティックアーム支援手術では、できるだけ自然な膝に近づけるように色々と計算し、評価しながら手術を行うことができるようになっています。
患者さんに「ロボットで手術をします」というと、多くは「ロボットは怖い」、「本当に安全なんですか?」と返されます。しかし、手術の方法や効果をしっかりと説明することで納得して手術を受けられています。ロボティックアームによる人工膝関節全置換術は、日本に導入されてからまだ日が浅いため、手術後の痛みや満足度の指標となる正確なデータがまだないのですが、印象としては通常の手術よりも出血が少ないように思います。また、合併症など大きな問題も起きていません。
6.医師にとっての利点と課題
医師が考える通りの、より自然な膝関節を再現するための理想的な人工関節の設置ができることと、医師の手術経験を問わず骨切りが容易に行えることが利点と思います。
ただし、医師が考える通り=計画通りに手術ができるということは、裏を返すと医師の考え方・判断がそのまま結果に表れるということですので、その分、医師の経験や知識が求められますし、責任は重いと言えます。なお、医療技術が進化すると「医師のテクニックが衰えるのでは?」という声も聞かれますが、ロボティックアーム支援手術でも十分に技術や知識を習得できると考えます。
ロボティックアームを使用する医師は、安全に使用するための特別なトレーニングを受けています。機械の性能がいくら良くても、使う人間がそれを理解していなければ、正しく安全に使いこなすことはできません。ですからこれはとても重要なことです。
海外ではロボティックアームの導入で手術時間が30分短縮されたという報告もありますが、機械の操作に慣れるまでにある程度の時間を要することも事実です。通常の人工膝関節全置換術が1時間半で終わるところを、ロボティックアーム支援手術を導入してしばらくは2時間くらいかかることもあり、課題と言えるでしょう。患者さんにとっては麻酔時間が短いほうが侵襲は少ないですから、そこは医師がしっかり操作に慣れて手術時間を短くしていく必要があります。この課題が解決されれば、より正確で安全、そして早く、より満足度の高い人工膝関節全置換術が可能になります。
7.おわりに -近い将来の展望-
ご存知の通り、手術というのは外科医が行います。素晴らしい技術を持つ名医も多く、その治療を受けるために患者さんははるばる遠方から受診することもあることでしょう。しかし、このようなロボティックアームを使用すれば、すべての整形外科医が同じように正確で安全な手術が行えるようになります。もちろん、機械の使い方を理解し、病気を理解し、関節の動きを理解した上で、このような機械を使って手術をすれば、どの医師が手術をしてもより満足度の高い手術が受けられると考えます。これはロボティックアームに限ったことではなく、誰が行っても結果が出せるような手術器具の開発が望まれます。
ロボティックアームを使用した人工膝関節置換術は、アメリカを中心に世界中で爆発的な拡がりをみせています。日本でもようやくこの流れにおいついてきたところです。日本の整形外科医の細やかな視点、技術が加わることで、多くの患者さんにとって適切な手術方法となる可能性が十分にあると思います。また、現在は人工膝関節については、関節全体を手術する人工膝関節全置換術のみの使用となっていますが、今後は部分的に人工関節に置換する人工膝関節単顆置換術にも適応は拡がって行くことでしょう。
ロボティックアームは非常に高額な医療機器ではありますが、健常な軟骨や靭帯を温存した、患者さんにより低侵襲で、正確で、優しい手術治療が広まることを期待しています。
協力:
神戸大学医学部整形外科 診療科長・教授 黒田 良祐先生
神戸海星病院 整形外科部長 石田 一成先生