日産厚生会 玉川病院 股関節センターでは、年間約400例の人工股関節置換術が行われ、うち80例が両側同時人工股関節置換術です(平成20年度実績)。さらに、この病院では手術後の行動制限(脱臼予防)がありません。そこで今回は、この病院でおこなわれる手術・治療について、股関節センター長の松原正明先生にお話を伺いました。
1. 両側同時人工股関節置換術について
両側の股関節が悪くなり人工関節置換術が適応となった場合に、片側ずつ時期をずらして手術をする方法と、両側一度に手術をする方法があります。
我々は、その患者様の意思や希望を尊重して手術をおこなっていますが、私自身は、手術による痛みなどは1度で十分で、2度も痛い思いをしたくないと思います。ですから、両側とも手術の適応があれば、それは同時に手術をしても良いのではないかと考えています。
我々から患者さんに手術を勧めることは100%ありません。手術を希望される患者様には、「本当にやるんですか?」と聞いて確認して、「やりたい」と言う人だけ手術しています。ご本人の自主性を尊重しているので、こちらから両側同時にすべきとか片方ずつにすべきなどということも一切言いません。どうしても両側同時に手術したいという希望があれば、両側同時手術のメリットやデメリットを全部お話しして、また、片側ずつ2回に分けておこなう手術のメリットデメリットもすべてお話しします。その上で、どうするかは患者様自身で決めてもらっています。
当院で両側同時手術を受けられた患者様の年齢層は40代から80代で、全身状態に問題がなければ特に制限はありません。
2. 手術の実際
- 手術の流れ
- 麻酔
- 横向きになる
- 手術部位の消毒
- 人工関節置換術
- 仰向けになる
- レントゲンで確認
- 反対側の横向きになる
- 手術部位の消毒
- 人工関節置換術
- 仰向けになる
- レントゲンで確認
- 麻酔を覚まして部屋へ
麻酔
麻酔は基本的には全身麻酔でおこないます。硬膜外麻酔で術後の痛みを取るという良い方法もありますが、痛みを取ると、ともすると術直後に除痛のために使用した硬膜外の麻酔薬が効きすぎてしまい筋力が出なくなってしまう場合があります。すると、当院では麻酔が覚めたあとになるべく早く動けるようにしますが、その時に立てない、あるいは転んでしまうなどの危険性が出てきます。ですから、我々は吸入麻酔と点滴静脈麻酔薬を併せて使用(麻酔専門医が行います)し、それと、一種の麻薬に近いような痛み止めを点滴に入れて痛みのコントロールをしています。
手術の流れ
手術は横向きでおこないます。仰向けでおこなう施設もありますが、我々は両側であろうが片側であろうが横向きでおこないます。横向きで手術をするということは、反対側を手術する時にはひっくり返しておこなうことになります。手術した方が下になるわけですが、それでも手術の後に影響はありません。
手術時間は片側1時間20分くらい。全体では3時間半から4時間くらいだと思います。
麻酔をして、横向きになって、消毒をして、手術をして、仰向けになって、レントゲンで予定通りいっているか確認して、問題がなければ反対側の横向きになって、手術をして、仰向けになって、レントゲンを撮って全て上手く行っていることを確認して、麻酔を覚まして部屋に帰ってくる、という流れです。
片側を手術するときとまったく同じです。ここの病院で手術をするかぎり、全て同じ手順で行われます。
アプローチ(股関節への進入方法)
世の中で多くおこなわれているのは、後方あるいは後側方からですが、最近は前方からおこなう方法もあります。我々は、前側方といって前と横の間くらいから進入します。時計に見立てると、股関節の正面を12時、背中側を6時の方向とすると、10時半とか1時半という方向になります。後方の場合が7時または5時くらいから入るという具合です。
脱臼しない手術法
我々の手術法の大きな特徴は、筋肉を切らないこと、また、関節を覆っている関節包については、前の方は切りますが後ろの方は一切いじらないことです。
それによって、手術後に「あれしちゃいけない」、「こんな格好しちゃいけない」ということが一切なくなりました。術後に関節が外れる(脱臼)心配がないのです。
脱臼は、一般的には、後ろからおこなう医師の報告では平均2-7%くらいと言われています。また、前から(12時の方向から)おこなっている医師のデータではおよそ1%です。前からの手術では、関節の後ろにある筋肉は切りませんが、関節包の後ろは切ります。後ろの筋肉を傷つけないので脱臼はしにくくなりますが、筋肉は伸び縮みするので、時として外れてしまうことがあるようです。関節包は筋肉とは違って伸び縮みをしません。ですから、関節包を切らない手術を行えばほとんど脱臼しないのです。
ちなみに我々のデータでは、今の方法で2007年8月から2009年の6月まで987例おこなって、脱臼は1例でした。確率的には0.1%未満となっています。
出血量
単純に片側の手術の倍です。当院では、血が止まりにくくなるような薬を飲んでいる場合も、薬を中止しないで手術をしています。薬を中止することで、心臓や脳に血の塊がつまってしまう危険を避けるためです。そのような場合は、通常よりも若干出血量は多くなります。
手術後は傷口にドレーン(傷の中に溜まった血液や浸出液を外に出すための管)を入れて、6時間はドレーンから出た血液を洗浄して再び体に戻す方法をとっています。手術中も同様です。片側のみの手術では、自己血を800ml用意し、両側の場合は1000~1200mlと少し多めに蓄えています。輸血は、肝硬変などあらかじめ必要と思われる場合を除いてはおこなうことがありません。
手術部位の縫合
傷の大きさは、8cmくらいです。傷の大きさについては、私はまったく気にしていません。それよりも傷の中をどのように処置するかが重要だからです。この病院では、全症例、皮膚の内側を縫う「皮内縫合」をおこなっているので、皮膚の表面は1~2針しっかり縫うだけです。
3.術後の状態
この病院では、全症例に対して、離床の前に超音波で下肢の静脈エコーという検査をおこない、血栓がないか、また、多少あったとしても問題がないか、などすべてチェックしています。また、トイレに1日4~5回自力でいけるようになるまで、すなわち手術翌日あるいは当日まで両下腿(すねの部分)にカーフポンプ(間欠的空気圧迫装置)を装着します。
手術が終わって検査室に連絡すると、2~3時間後に検査技師が病棟に来てエコー検査します。そのころには麻酔も完全に覚めているので、血圧が特に低くなければ、その検査で問題がなかった時点で、すぐに起き上がり車椅子に移動することができます。
その後の姿勢は自由です。ベッドの上で上を向こうがうつぶせになろうが横向きになろうがまったくの自由です。脱臼予防のために両足の間に挟む枕(外転枕)も不要です。車椅子に移れますから、トイレに行くことも可能です。
痛みのコントロールについては、手術後、患者様が部屋に帰ってくる間、麻酔科の医師が麻薬系の鎮痛剤を点滴しています。そして、それが終わると何もしません。その後、痛みがひどい場合は坐薬を使ったり、痛み止めの注射をしたりしますが、麻酔科の医師に聞くと、この病院ではそういう人は非常に少ないということです。「痛い」と思う前に起きてしまうからではないかと考えています。
4. 退院のゴール
歩行ができるようになるのは、当日の人もいれば翌日の人もいます。本格的に歩く練習は手術の翌日からで、車椅子でリハビリテーション室へ行っておこないます。早い人はその日のうちに両T字杖で歩けるようになります。
退院のゴールは決まっていて、T字杖で1回の歩行が連続で400m以上できること、階段の上り下りは、監視下で、手すりを使って1往復ができること、靴下をはいたり脱いだりができること、術前に足の爪切りができていた人はそれができること、術前に正座ができていた人はそれができること、という感じです。それらができればいつでも退院できる状態です。
この状態になるまで、片側の場合は術後8.1日、両側同時手術の場合は15日くらいです。抜糸(1~2針)が10日目ころなので、片側の場合は退院後に抜糸となる場合もあります。
なお、退院後の注意や行動の制限は特にありません。
5. 両側同時手術のメリットとデメリット
両側の股関節が悪くなっているのであれば、両側一度に手術をおこなうと、入院も一度で済み、痛いのも一度で済むというメリットがあります。
デメリットは、しいて言えば医者のストレスが多いことです。ある患者様がいて、「片方の足を1cm伸ばすように人工関節を設置する」と計画します。片側であれば、それだけに集中して手術すれば良いのですが、両側の場合は、「片側は1.5cmで片側は1.3cm伸ばす」という具合になります。そうすると、片側の手術が終わった時に1.5cmの予定が1.8cmになってしまった場合、反対側の伸ばす長さも計算し直さなければなりません。左右どっちが計画通り行かなくても上手くいかない、そういうストレスがあります。
6. 両側の股関節が同じように悪い場合
両側の股関節が悪くても、片側を手術すると、反対側の痛みが改善することがありますが、なぜ痛みが取れるかというと、それは人工関節を入れた側に荷重できる、つまり負担をかけることができるので、反対側の負担が少なくなるためと考えられます。
両側とも人工関節にしていれば、左右ほぼ均等に負担がかかるものが、片側のみの場合は100%人工関節に負担がかかり過ぎて、すり減りが早くなることもあります。
また、人間の生活は悪い方の動く範囲(可動域)で決まります。例えば、手術をしていない股関節の症状が進行して動きが悪くなると、人工関節の側はよく曲がるにもかかわらず、反対側が曲がらないことで動きが制限されてしまいます。このように曲がらない生活をずっと続けていると、次第に人工関節にした股関節も曲がらなくなってしまいます。
我々のデータでは、両側とも手術した人と、両側が同じように悪くて片方しか手術していない人では、関節の動きは両側とも手術をしている方がはるかに良いのです。これがQOL(Quality of Life=人生の質)の向上だと考えています。
両側の股関節が同じように悪い場合は、「同時」とは言わなくても、短い期間で手術をした方が良いと考えますが、手術をするかどうかは私が決めることでありませんので、聞かれれば自分の意見を伝えますが、だから「手術しなさい」ということでは決してありません。
7. まとめ
手術が円滑におこなわれる条件は、医師の習熟度もありますが、病院スタッフの習熟度も重要です。両側同時手術に慣れていないと、術中には器械の入れ替えなどがあるために不潔になる危険も多くなります。また、病棟スタッフも慣れていなければ、術後どちらの足に体重かければ良いのか、などと戸惑ってしまいます。我々としては、手術中も手術後も円滑に最高の医療が提供できるようにチーム医療に取り組んでいます。
協力:
公益財団法人日産厚生会 玉川病院
股関節センター長 松原 正明 先生
この情報サイトの内容は、整形外科専門医の監修を受けておりますが、患者さんの状態は個人により異なります。
詳しくは、医療機関で受診して、主治医にご相談下さい。